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24/1/1(No.1274)

▼お年玉、今年の出費はいかほど?転勤して、平日の侍者の数も変わった。さて、いかほどだろうか?中田神父が小学生の時、主任司祭がお年玉として岩倉具視の五百円札をくださった。「お札」ということにいたく感激したことを覚えている。



24/1/7(No.1275)

▼この福江教会に来て8ヶ月以上経ったが、いつになったら部屋の開け閉めを間違えずにできるようになるのだろうか。いつになったら、聖堂に不自由なく出入りできるようになるのだろうか。
▼ホスチア(ミサで用いるパン)を香部屋に運ぼうと、聖堂の正面玄関の扉を開けた。昨年12月から観光で訪ねた人も堂内に入ることができるように「エリア」を設け、「堂内のここだけお通りください」と促している。
▼主任司祭がここで足を止められた。観光客がいないことを確かめ、ロープをまたいで香部屋に向かった。考えてみると北門(信徒会館側)はいつでも開いているのに、8ヶ月経っても最初にそこには向かわず、観光客と同じ扱いを受けて気がつく。いつまでこんな感じの暮らしなのだろうか。



23/1/14(No.1276)

▼下五島の堅信式が一週間後にやって来る。45年前、五島の子どもたちにとって大司教様は遠い長崎からやって来る方だった。今は「遠くからやって来る」感覚ではないと思うが、本当に待ち望んでいた方、待ちに待った大司教様という感覚なのか知りたい。
▼「堅信を受ける子どもたちに総仕上げのお話をお願いします」と助任に言われて30分話しをした。大司教様の名前もあまりピンと来なかったようだった。待ちに待った方なら、もっと目を輝かせても良さそうなものだが。大司教様は、この子どもたちにどのようにして「炎のような舌」で現れた聖霊を注いでくださるだろうか。



24/1/21(No.1277)

▼地区ごとに、堅信式の日程と地区合同なのか単独なのか、いろいろ経験してきた。浦上教会は1月の第2日曜日、下五島地区は第3日曜日となっている。大司教様と次に会うのは26聖人ミサあるいは司祭研修会あたりだが、次年度に向かって動き出す頃か。
▼今年は、目の前の堅信式に集中だ。堅信の秘跡を授けてくださいとミサの中でお願いしたり、聖香油を大司教様のそばで持ってあげたりする。今になって思うが、いろんな地区長神父様が大司教様のそばに付いて何をしていたのか見てなかったのだと痛感する。ミトラ(司教帽)の下の「ズッケ」は、いつ外すのか?いつまたかぶるのか?全然見てなかったことに唖然とした。



24/1/28(No.1278)

▼満身創痍。最後の一週間、マラソン大会の練習を強めにおこなった。右足にけいれんが。肉離れだろうか。湿布を貼ったりしてあと2日に迫った本番を待っている。年齢には逆らえない。中田神父のマラソン挑戦は、半距離のウォーキングに変更となった。
▼レース後も、日々のウォーキングは続けようと思う。これまでは大会が終わったらお約束のように運動もやめていたが、今年は続けよう。ウエストが明らかに細くなった。去年のズボンに両手が入っている。



24/2/4(No.1279)

▼二十六聖人が近づくと、45年前中学生だったとき、「朗読劇」を聞かせてもらったのを思い出す。毎年、同じカセットテープを流していたと思うのだが、あのカセットテープは今どこにどうしているのだろうか。
▼二十六聖人の劇は、有名俳優(女優)を使った作品があると思う。これも、いつか手に入れて観てみたい。



24/2/11(No.1280)

▼連続休暇をいただいた。助任二人は先に連続休暇を入れていたので、最後になった。五島列島から出ることはほとんど無いので、たまの休暇も新鮮だ。長距離バスに乗ったり飛行機に乗ったり、楽しく過ごせた。
▼何より幸いだったのは、緊急の連絡が無かったことだ。おかげで目一杯の休暇を使うことができた。緊急の問い合わせ(誰かが亡くなって洗礼名が分からないとか)があっても、スマホで返事ができる態勢はできているが。休暇は楽しいが、業務が1ミリも進んでいないのが、残念と言えば残念。


24/2/18(No.1281)

▼福岡のカトリック大神学院に最初に来てくれたカナダ人スルピス会司祭の一人は、四旬節にタバコをやめて、そのお金をグランド整備、具体的には芝生を購入し、植えるために使ったそうだ。その芝生の緑鮮やかな大神学院も、2月23日の閉校式で閉校となる。その後どのように活用するのか、あるいは手放すのかまだ聞いていないが、また一つ歴史が終わることになる。
▼大神学院の規則を破って夜にラーメンを食べに行ったことがある。勝手口から抜け出して、「約束の時間」にまた勝手口を開けてもらうことになっていたが、無断外出から帰ってきたときに勝手口に立っていたのはカナダ人のスルピス会司祭だった。
▼「どこに行ってましたか。」私はとっさに「ゴミを捨てに行ってきました」と嘘をついた。するとそのカナダ人司祭は「あなたは立派です」と行って中に入れてくれた。正直に言っていたら、ずっとこの司祭から「ナカダさんは規則を守りません。司祭にふさわしくありません」と言われ続け、召命の道を続けられなかっただろう。全能の神と、兄弟の皆さんに告白します。



24/2/25(No.1282)

▼大神学院が2月23日の閉校式ミサをもって正式に閉じることになる。90年の歴史に幕を下ろす。その後の活用については「召命を考えるすべての人のため」の活用策が検討されている。もしかしたら、もっと早くその方向に舵を切っていたら、まだ生き延びられたのかもしれない。
▼挨拶と、ミサ説教を通して伝わってくるのは、90年の歴史は模索を続けながらであったが確かに長崎教会管区の司牧宣教に貢献してきた、神に感謝したいというものだった。しかし小教区司祭も、教区司教も、時代に応じた形で神学生を送り出せず、このような事態に至ったことは決して忘れることはない。
▼神学院の院長は、予想しない挨拶を用意していた。ここでは話せないが、参加した人は忘れないだろう。参加した全員が、いったん90年の歴史に幕を下ろす。いただいたすべての恵みに感謝します。私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。



24/3/3(No.1283)

▼馬込教会時代に、川上神父様をお呼びして黙想指導をしていただいたことがあった。馬込教会を懐かしんでのお話がほとんどだった。余程、馬込小教区時代が懐かしかったのだろう。中田神父にも思い入れのある教会がある。自分はそこまでの年齢ではないので懐かしさはあまり感じないが、たくさん思い出を作らせていただいた。
▼川上神父様と直接の面識は無いが、「君が鳴らさなければベルはベルではない」という本を出しておられて、この本には非常に感銘を受けた。亡くなっていく司祭の名前が本部事務局から届くとき、「あの人も亡くなったか」と振り返りながら生前の記憶を振り返る年齢になってきた。どうか神様のもとで、ゆっくり休んでください。



24/3/10(No.1284)

▼今年は3月31日が復活祭。つまり4月14日が異動日。それから逆算すると2月中に「照会」があって、3月には「本辞令」が出たのだろう。長崎教区は相変わらず書面での辞令にこだわっていたが、去年から様変わりした。
▼去年は自分が該当していたわけだが、辞令を司祭に公表するのにもインターネットが使われた。教区のホームページに発表があり、時代が変わったのを感じたのだった。大司教様が変わっても人事異動の苦労は変わらないと思うが、小手先のことではなく何かが大きく動き出しているのかなと感じている。



24/3/17(No.1285)

▼58歳になった。そして叙階記念日(3月17日)となった。1992年叙階で、32年目に入る。もうこれからは「いくらでも時間はある」とは言えない。本当に成す(やり遂げる)べきことのために時間を使わなければ、きっと後悔する。
▼私以上に時間が短いかもしれない人がいる。私はその人のために何ができるのか。「残り時間が少ない」というよりは「残り時間が残酷に削られていく人」がいる。その人は私にとって大切な人。教えたり教えられたり、長い時間を共有してきた人。その人のためにできることは何か?



24/3/24(No.1286)

▼聖木曜日からの聖なる三日間のことを、学期最後の教会学校ミサで話した。小学生なので、聖なる三日間が大事だよと言ってもあまりピンと来ない。それでも、両親とよく相談して聖なる三日間に続けて来てほしいとお願いした。
▼大人の黙想会でも、聖なる三日間、それと聖金曜日の十字架の道行(福江教会は午後2時半)に参加してほしいとお願いした。こちらはチクチクと、針を刺すような言い方をした。「イエス様は誰のために十字架にかかったのですかね?私以外の誰かですか?私のためにもですよね。それでいて、参加すればできるのに参加しない、傍観者でいるというのは、十字架の道行を完成させることになるでしょうか?」果たしてどのくらい響いただろうか?



24/3/28(No.1287)

▼最後の晩餐の席でイエスはパンを裂いて弟子たちに渡し、「みな、これを取って食べなさい」と言われた。伊王島馬込教会でたまたま司祭館建設の時期に赴任していたので落成記念にと思い説教集を文庫本にした。説教集のタイトルを考える必要があったが、たぶんすんなりと「取って食べなさい」というタイトルにしたのだと思う。
▼その文庫本説教集も、とうとう在庫は無くなった。司祭館落成後に追加で印刷した「A年説教集」が、部屋を見回した範囲で五冊残っている。それだけである。ある意味「取って食べてもらい、何も残っていない」ということだ。受け取ってくださった方が消化し、糧としてくださり、信仰生活が豊かになっていればと今も願っている。消化不良を起こしたり、下痢をしたり、ましてや「体内にまだ残ったまま」など、ご迷惑をかけていないかも心配である。



24/3/29(No.1288)

▼聖金曜日の午後2時半から、十字架の道行が予定されている。前任地で走だったように、今年の四旬節から「等身大の木の十字架」を使って十字架の道行ができると思っていた。しかし準備が間に合わず、受難の主日と聖金曜日のみ木の十字架を担ぐことになった。
▼この原稿は3月16日に書いているので実際にはどのような結果になったかは分からない。良い結果になっていることを願っている。
▼こちらでは、「侍者旅行」が実施されている。3/16から3/17にかけて、一人助任司祭が同行している。ただ気になるのが、スケジュール通り進んでいるのか、予定に狂いが生じているのか、報告が無い。「報告せよ」とLINEしたら返事が来た。しかも、交代で浜脇教会前晩のミサに行くのだが、私に預けるはずのものを忘れて侍者旅行に行った。



24;3/30(No.1289)

▼何か、これまでの信徒が味わったことが無い体験を得させるためには、主任司祭が頭を使わなければならない。いろんな教会で新しい体験を積んでもらえるよう工夫したわけだが、その中でも田平教会での取り組みは忘れられないものがいくつもある。
▼復活徹夜祭の取り組みも、その一つだった。暗闇の中でローソクを祝福する「光の祭儀」を、会衆がいくらかでも見ることができるようにと、スクリーンに映し出すことを考えた。これはきっと、私がどこへ赴任しようと、続けられていく。ここ福江教会でもその提案をして、すんなりとではなかったが了承されて今年から実施する。田平教会での取り組みは、今でも私のアイディアの基本線である。



24/3/31(No.1290)

▼今年度、少なくとも前半は主任司祭・助任司祭・助祭の体制でスタートする。助祭を迎えるわけだが、いろいろ制約がある。司祭の立場からの言い前だが、ミサ・ゆるしの秘跡・病者の塗油などができない。
▼その制約を踏まえて、三つの小教区の司牧をすることになる。福江教会・井持浦教会・浜脇教会のミサ配分表を試しに作ってみたが、綱渡りのようなタイトなスケジュールになった。これをいつまでも続けることはかなり困難だと感じる。助祭様が司祭に叙階される日が、今から待たれるところだ。



24/4/7(No.1291)

▼何もかも初めてのことだ。助任司祭を送り出すこと。新しく助祭を迎えること。これまでの司祭三人で三小教区の担当を、司祭二人と助祭一人で三小教区を切り盛りすること。とにかく模索の日々である。
▼中田神父がこちらに来たとき、ミサの当番表を今回異動する助任司祭が割り振っていた。それがこれから主任司祭の割り振りとなる。しばらく司祭は二人なので、体調を崩したりしないか、当番表がそもそも不可能な配分になっていないか、昨年度よりも気の抜けない一年となりそうだ。



24/4/14(No.1292)

▼人事異動が完了し、これから新体制。頭のリセットが必要。年齢を重ねると頭のリセットはだんだん難しくなる。経験を積むと、経験を持ち込んでしまう。新しいことへのチャレンジも、そのための頭の切り替えも難しくなる。
▼「芯の通った信仰」を説教の中で考えてみた。芯の通った考え方があれば、貫いていける。私にとって、貫いていきたいことは何か。それが、「中心にイエスへの信仰がある」と証明する行動に繋がっているか。



24/4/21(No.1293)

▼天気予報を見るとき、海上の波とか、もっと言うと自分が住んでいない地域の天気とか、そういうのが気になる。五島市も狭いようで広く、島の東側と西側、北側と南側とでは天気に違いが出る。
▼五島にいて長崎の天気を気にするとか、福江にいて田平(平戸)の天気を気にするとか。済んでいる実感がないわけではないが、転勤族の宿命とでもいおうか。電話の応対で前任地の教会の名前を言うまではよくある話だが、「まだ行ったことのない教会」の名前をうっかり口にした。行ったことないし行こうと思わないのになぜその名前が出たのか。



24/4/28(No.1294)

▼浜脇小教区から、二家族の洗礼の申込を受けている。小教区としては小さな家族だが、大きな喜びを生み出す小教区と言える。私たちは「大家族」だった時代を知っているから、どうしても小さな家族になったときに戸惑ってしまう。
▼しかし、こうして小さな教会家族に大きな喜びが与えられるのは、「教会が生きている」証拠である。どの教会にも当てはまると思うが、「大きな喜び」がそこにあるとき、その教会家族は「生きている教会」なのだ。それぞれ、「大きな喜び」を見つけてほしい。



24/5/5(No.1295)

▼浜脇小教区から、二家族の洗礼の申込を受けている。小教区としては小さな家族だが、大きな喜びを生み出す小教区と言える。私たちは「大家族」だった時代を知っているから、どうしても小さな家族になったときに戸惑ってしまう。
▼しかし、こうして小さな教会家族に大きな喜びが与えられるのは、「教会が生きている」証拠である。どの教会にも当てはまると思うが、「大きな喜び」がそこにあるとき、その教会家族は「生きている教会」なのだ。それぞれ、「大きな喜び」を見つけてほしい。



24/5/12(No.1296)

▼木曜日にカトリックのミッション校が井持浦教会とルルドに巡礼に来て、前もってお願いされていたので教会案内とルルドの説明をしようと待機していた。2班に分かれていて、昼前の班は私が説明をしたが、昼からの班は私が聖堂で待っているとガイドの人がルルドに誘導して、ガイドが説明をし始めた。「じゃあ必要ないじゃん」と思った。
▼修学旅行生は中学3年生だったが、聖堂内でよく話を聞いてくれた。感心だった。話の終わり、「5月12日にルルド祭125周年行事があります。天気を心配しています。良かったら、君たちからも行事が無事にできるように祈ってもらえないだろうか?」そう言って今回の125周年のために用意した祈りのカードを配り、祈ってもらった。



24/5/19(No.1297)

▼聖体拝領を助祭がしている間、主任司祭はそれこそ「祈りと御言葉の奉仕に専念」しているのだが、祭壇の上のものを片付ければ時間短縮になると思うこともある。
▼ただ一方では、「いずれ司祭になって単独でミサをすれば一人でしなければならなくなるのだし、今のうちに訓練させておこう」という思いもあり、そのままにしている。
▼助祭時代の準備過程にしなければならないことのリストを受け取った。こんなに必要なのかと思ったりもする。これから助祭を預かった者として、この養成準備を見守っていく。司祭叙階まで、本人も見守る側もそれぞれ気を引き締める。



24/5/26(No.1298)

▼三位一体の主日は、私たち自身の多様性における一致を探る大切な機会だと考えている。主任司祭、助任司祭、預かっている助祭。この三者は多様性があるがイエス・キリストを伝えることでは一つである。
▼多様性は、表面的な一致よりも深くなる。理解しようと努めなければならないし、自分と違うことを受け入れなければならない。一人でいるときよりも、もっとイエス・キリストを伝えるために努力が必要になった。



24/6/2(No.1299)

▼日焼けをする季節になった。郵便局までの往復三分でも、紫外線を浴びた、そう感じる。この前は油断して長袖と手袋の間を日焼けでやけどしてしまった。なぜそうなったか?手袋と長袖シャツのあいだの隙間。ご想像にお任せする。
▼田平教会時代、「ふくれまんじゅう」でたいへんお世話になった高齢のシスターがお亡くなりになった。シスターが作ったふくれまんじゅうを食べて、心もお腹も膨れた。教会の信徒からも慕われ、ミサに来た人と行き帰りに語らっているのをよく見かけた。永遠の安息を心からお祈り申し上げます。



24/6/9(No.1300)

▼メルマガ記念の1300号。しかし心は痛恨のミスで沈んでいる。穴があったら入りたい気分だ。もちろんそれだけではないわけだが、どうして考えが及ばなかったかと悔やまれる。
▼田平修道院でお世話になったシスターが天国に旅立った。「ふくれまんじゅう」を何度もご馳走してくれた。天国には最上の小麦と小豆があると思うので、天国でもたくさんの人に「ふくれまんじゅう」を振る舞ってくれることだろう。
▼いよいよ、梅雨がそこまで来ている。アウトドアの楽しみができないことが増えてきそうだ。そんな時は梅雨が上がってからのことを想像しながら過ごす。たとえば釣り糸の結び方をもう一度おさらいしておく。フロロカーボンのリーダーと本線のPEとの結束を練習する。非常に滑りやすい糸なので、結び目が解けて涙することのないよう、念入りに練習。



24/6/16(No.1301)

▼釣りの動画を久しぶりにアップした。すぐに350回視聴された。ミサの動画は70回くらいが関の山。以前は200カウントくらいあったのに、めっきり減ってしまった。
▼そこでショート動画で行動に出た。"Why Japanese people enjoy my fishing movie very much, but our holy mass does not. Why? Tell me our Mary!



24/6/23(No.1302)

▼梅雨の合間の晴れ。晴れているけれど、なかなかすることが思い付かない。そうだ。バイクを動かそう。今週玉之浦教会に向かう途中、自分の前に一台の車がいて、長い間その車に付き合わされた。
▼どこに行くのかな〜と思っていたら、井持浦教会を少し過ぎたあたりで、狭い、急な上り坂を登っていった。よく見ると、先には教会墓地のようだった。今から走って、教会墓地をお参りしてこよう。



24/6/30(No.1303)

▼洗剤に特別のこだわりはないので、洗剤が切れたら目に付いた物を買う。去年までは液体洗剤を買っていたが、今年になってから「ジェルボール」タイプの洗剤を使い始めた。簡単ではあるが、分量の調節はできないので、そこが難点。
▼全く違う洗剤を見つけた。シートタイプの洗剤。「シート」と聞くと、レシートをポケットに入れたまま洗濯して紙くずが服のあちこちに付き、ひどい目に遭ったことがあるので心配だが、「水に溶ける」と書いてあるので信用してみる。



24/7/7(No.1304)

▼長崎教区内の女子修道会が協力して「祈りの集い」というのがおこなわれている。単に「祈りましょう」というのではなく、「祈りかた」から始まり、共に祈ってくれる「同伴」のお世話も受ける。そういった内容のようである。長崎教区内の各地区を巡回しているが、今月下五島地区で開催され、福江教会が会場となっている。
▼「そういった内容のようである」と言ったのは、古い育てられかたで司祭になった中田神父はこの祈りの集いに付いて行けていない。「霊的同伴」という言葉を一度も聞かずに神学校を卒業して今に至っているので、「同伴」と聞いただけで「最新式」「自分には関係ない」と思ってしまう。
▼神の働きの豊かさは、いつの時代にも証明される。理解が追い付いていないのであれば、「霊的指導を言い換えただけだろ」と、霊的同伴のあり方を形の合わない箱に押し込もうとするのだけはやめよう。



24/7/14(No.1305)

▼今年は雷の音をあまり聞かない。五月に、雷がひどかった日があったかもしれない。パソコンなどを立ち上げていると、雷の音にビクビクする。それと、去年もそうだったが、自分一人雷を警戒すれば良いわけではない。三人が注意しなければ、結局何かしらの出費を強いられることになる。
▼今年は、去年の学習が活かされている。配電盤の場所も把握している。外回りで電源を取る場所もだいたい分かっている。用心しても防げないこともあるかもしれないが、去年よりは被害を少なくできるだろう。



24/7/21(No.1306)

▼今年の広島カープ、すごく期待を持たせてくれている。一ヶ月首位だったこともあるし、全体的に粘り強さが戻ってきた。だがリーグ三連覇の時のような得点力が無い。それは一にも二にも、ホームランバッターがいないからだ。
▼ホームランを期待しているのは特に助っ人外国人ということになるが、今年の外国人選手はいわゆる「大砲」ではない。前評判からはすごく期待したのだが、助っ人のホームランを見たことがなかった。
▼その日も、無得点のまま試合が進み、「得点してくれないとピッチャーの気持ちが折れて失点してしまうじゃないか」とハラハラしながら試合の流れをラジコで聞いていた。
▼七回にノーアウト一二塁、絶好のチャンスが回ってきた。しかし後続が二人倒れ、次のバッターが助っ人外国人。「あー、ダメか」と思った二球目、球場が歓喜に変わる。スリーランホームランが飛び出したのだ。助っ人外国人に、心からお詫び申し上げます。



24/7/28(No.1307)

▼時々同じことを書き込んでいると思うが、「神様が経験させようと考えたことはすべて経験する」と考えるようになった。それは人との出会いもそうであるし、人生経験、健康や病気などである。
▼自分がたいした病気もしたことがないのに「病気の時は仕方が無いから、じっとしていたほうがよい」と言うのは、相手には伝わらない。辛い病気を経験して初めて、辛い病気の人に寄り添ってあげることができる。
▼病気らしい病気をしたことのない人が一ヶ月入院し、病人特有の青白い顔になり、すっかり痩せて退院したのを見たことがある。それ以前には理解できなかったことが、入院を境に理解できるようになったに違いない。神様は、必要なことは必ず経験させてくれるのである。



24/8/4(No.1308)

▼完全に元に戻ったり、以前より強くなったりする年代があったと思う。しかし今は、いったん調子を落としたりすると以前の状態まで戻らないと感じている。それが「年齢」というものなのだろう。
▼完全に戻らないのだけれども、目の前のことは同じ量こなさなければならない。より慎重に、自分の調子を考えながら、務めを果たすようにする。場合によってはもっと量を減らす。そこまで考えないと、今年の夏は乗り切れそうにない。



24/8/11(No.1309)

▼自国開催はやはり有利のようだ。パリオリンピック、フランスのメダル数は過去最高になったらしい。ただ、ニュースになる出来事の中には、「そんなことある?」という珍事も会っているらしい。女子の競輪種目、最終周を知らせるために鐘を鳴らすのが通常である。しかし担当する人が最終周の数え間違いをしたらしく、選手はもう一週全力で走らされたという。
▼人間のすることだから、間違いはある。しかし、選りすぐりの担当者がそのような間違いをして「間違いました」で済むのだろうか。間違いましたでは済まないこともある。責任が重くなればなるほど、任せられた務めを楽しむのは難しくなる。



24/8/15(No.1310)

▼いわゆる「お盆」の帰省客で下五島(五島市)もごった返している。上五島の実家には、妹夫婦と甥っ子が帰省して、実家の母を楽しませてくれた。海水浴に来た様子を妹が送ってくれたが、一年でびっくりするほど背が高くなり、幼い少年ではなく青少年といった雰囲気になっていた。日程が合わず、上五島に行けなかったのが残念。
▼8月15日聖母被昇天の日に、数多くのミサ依頼を受けている。「聖母の被昇天にあたり、・・・」というミサの依頼も小教区会計さんから用意してもらったが、そうではなく先祖のためのミサである。
▼「お盆」という感覚は、信仰とは別に日本人の中にはあると思うし、それをとやかく言う必要は無い。8月15日、聖母被昇天の祭日にミサをしてもらって、そのあと墓参りに行く。日本のカトリック信者にとってごく自然な振る舞いである。



24/8/18(No.1311)

▼最近思い出してYouTubeでチェックしている動画がある。お笑い芸人「ですよ。」の動画。お笑い芸人は「一発屋」が多いと言われ、消えていくことが多いわけだが、今も現役で、言ってみればたった一つの「当たりネタ」を全力で続けている。
▼最近見た動画では、千原ジュニアさんがインタビュー形式で「ですよ。」の深掘りをしていたのが印象に残った。一発屋と言われようが、一つの当たりネタを今も全力で続けている「動機」「モチベーション」を知り、一つのことを続けていくすごみを少し理解できた気がした。
▼司祭も、「イエスキリストに倣う生き方」しか知らないし、それしかできない。知的・身体的衰えが急速に追い付き追い越そうとしているが、生涯一つのことを積み重ねていく。



24/8/25(No.1312)

▼"Switch Bot(スイッチボット)"という家電を便利にする道具がある。簡単に言えば、離れていても「スイッチ」を押せる道具で重宝するのだが、例えば「部屋の電気」を考えると、一度に押せるのは通常「ONかOFF」どちらかのスイッチしかない。
▼離れたところから電気のスイッチを押せるようになったとしても、「消すことができるようになったが、つけることができない」ということになる。もちろん、スイッチそのものを付け替えると、同じ場所を押してつけたり消したりできるので、"Switch Bot(スイッチボット)"の恩恵を存分に受けられる。
▼ただし、器具を取り替えるには電気工事士の免許を持った人が必要になる。あ〜。前任地だったら「ちょっと来て〜」で取り替えてくれる人がいたのだが、ここでは「ちょっと来て」と気安く呼べる人はまだ見つかっていない。そもそも、布団に潜ったまま勉強部屋の電気をつけられるようになったら、ミサに寝坊するではないか。



24/9/1(No.1313)

▼台風10号は広い範囲に影響を与えている。九州では鹿児島・宮崎で被害があった模様。土曜日の進路も、太平洋に抜けるかと思ったが迷走して日本海に向きを変えようとしている。8月で10号。15号まで発生すると考えると、9月も台風に用心が必要だ。
▼1日が日曜日の9月が始まった。8日・15日・22日・29日まで日曜日が来る。第5日曜日はめったに来ないので、福江の司祭たちの当番表と、当番に合わせて奉仕してくれるシスターたちも勤務の提出とにらめっこで神経をつかう。どこかで心も身体もリフレッシュが必要だ。



24/9/8(No.1314)

▼9月6日時点でカープ四連敗。大ブレーキとなっている。試合の中で数少ないチャンスを得点に繋げたか、得点に至らなかったか、その差だけだと思う。投手も精一杯やっているし、攻撃もあと少しの所まで押している。
▼9月5日対横浜戦の押し出しサヨナラ負けなど、圧倒的なアウェーの雰囲気の中でのことだから誰も責められない。今はホーム球場での試合だから、ファンの力でチームを勝たせなければ。やはり10日からの対巨人戦が、天王山になりそうだ。



24/9/15(No.1315)

▼かつて福江教会の主任も務めたことのある大先輩が、私の少し上の先輩に、司祭は明日亡くなっても悔いの無いよう、今日を全力でささげるべきだと話したという。鯛ノ浦教会に赴任してきた助任司祭の一人も、一日を全力で働いて夕日を眺めながら司祭館に戻るときに「今日このまま終わっても悔いは無い」と思ったそうだ。
▼中田神父にはそれだけの覚悟はない。長く生きるためには、「逃げるのは恥だが役に立つ」というドラマのように、逃げることも選ぶかもしれない。もちろん20代30代の時からそのような考えだったわけではないが、いくつもの教会に置いてもらっているうちに、「今日で終わりでも構わない」と思えなくなった。
▼今から夢を描くと笑われそうだが、引退してすぐ病院生活とか自活できない状態ではなく、赦しの秘跡や病人訪問、時には司祭館での留守番をお願いされたら喜んで手伝い、それ以外は広島カープの試合観戦と釣りに出る。そういう生活をさせてもらいたいものだ。



24/9/22(No.1316)

▼下五島地区は今年秋の行事が多い。10月6日地区交流スポーツ大会。10月14日貝津教会献堂百周年。10月20日牢屋の窄殉教祭。10月27日井持浦教会出身司祭の叙階25周年(銀祝)。11月3日教区民を追悼するミサ。かなり詰まっている。
▼その割にはあまり慌てていない。小教区の典礼委員会が金曜日に開催されたが、いくつかの行事に小教区がどのように関わるのか質問されて返答できなかった。そこまでの話し合いが出来ていないので返事のしようも無かったのだが、自分で情けなかった。



24/9/29(No.1317)

▼一つずつ覚えていく。一度に一つしか覚えられない。場合によっては一つ覚える間に一つ抜けたり忘れたりする。それは同時に迷惑をかける原因となる。「あれもこれも、同時にしてほしい。」悲しいけれども、今の自分には一度に二つも三つも期待されるのは荷が重すぎる。
▼神様の愛、あふれ出る愛を、私たちは受けて満たされ、養われていく。しかし私たちの器はそれぞれ違う。あふれ出る神様の愛を、うまく受けとめる形になっていないかもしれない。教会共同体に、器の形、器の大きさが違う人たちが集まれば、神様の愛をその教会家族は豊かに受けることができる。
▼教会には多様な「味方」が必要なのだから、多様な人に集まってもらうために多様な「見方」も必要だ。紋切り型の物の「見方」では、多種多様な「味方」を集められないのではないか。



24/10/6(No.1318)

▼「怖いけれども、怖いものを見たい」そういう人がいる。大雨の時、決して外の様子を見に行かないでと放送しているのに見に行く人がいる。「一度でいいから、詐欺の電話がかかってこないかな」と考えたことがある。「お父さん?オレ。オレやけど。」
▼個人の電話を引いたのが1993年。去年電話を休止したが、ついに一度も「詐欺電話」はかかってこなかった。今はネット社会。代わりに「ニセ請求書」「ニセ脅迫」がスマホに入ることがある。「料金未納の為、法的措置を取らせていただきます。」
▼生前、父に詐欺の電話がかかったそうだ。「オレ、オレだけど。会社に迷惑をかけてこのままだと刑務所に行かないといけない。お金を用意してほしい」「おー。それなら仕方ない。刑務所に行って罪を償ってこい」「本気で言っているのか!オレが刑務所に行っても構わないのか!」
▼「罪を犯したのなら償え。刑務所にも行ってこい」「それでも親か!」身振り手振りでその時の様子を説明してくれた。あれは本当に騙されていたのか?それとも芝居だったのだろうか?私もその芝居をしてみたくて、福江教会の電話を毎日取っている。



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