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22/1/1(No.1157)

▼甥っ子を託されて実家に帰り、三泊四日の休暇を昨年末に過ごした。甥っ子は四年生。元気な盛りで、振り回されたというのが正直なところ。それもまた楽し。
▼"When in Rome, do as the Romans do." この諺を甥っ子に説明して実家で過ごした。実家では毎日朝5時過ぎに起き、朝ミサに参加する。甥っ子も強制的に起こされ、朝ミサに参加。洗礼を受けていないため、勝手も分からず、居場所がなさそうだった。
▼日中は教会巡礼。朝ミサで叔父の中田神父が祭壇に上がっていたのが新鮮だったようで、巡礼先の教会でも祭壇に特別な執着を持っていた。「○○くん。道のりは長いよ。きみは洗礼を受けていないから、まず洗礼を受けて、その後に司祭になったら、祭壇に堂々と上がりなさい。」どれくらい心に響いただろうか。



22/1/2(No.1158)

▼実家が古くて、トイレはため池のような方式。以前はこのトイレで問題なく用を足せていたのだが、最近は洋式トイレが多くなり、実家のトイレで用を足すのが難しくなった。トイレのためだけに、スーパーに出かける。
▼いわゆる「ポットントイレ」は衛生面だけではない。家グモがウロウロしたりヤモリがウロウロしたりしている。自分はそれはしかたないと諦めていたが、甥っ子にはそれも含めて耐えられなかったようだ。2年前に遊びに来たときはスーパーでトイレを借りていた。
▼それがどうだろう。甥っ子は成長し、実家のトイレですべての用を足せるようになっていた。家グモもウロウロしているというのに、それでも大も小もできたという。立派なもんだ。たくましく思えた。



22/1/9(No.1159)

▼穏やかな天気が続いている。まぁそれもわずかのうちか。まだ2月にも入っていない。寒さはこれからだ。いつも「今がいちばんキツいときではない」と考えて過ごさなければ。
▼寒いと暖かい場所に根が生えたようになり、動くのがおっくうになる。司祭館で玄関チャイムが鳴ると、ひとまず出る必要がある。さっき出て、またチャイムが鳴る。やれやれと用が済んだと思ってもまたチャイムが鳴る。
▼それでも、顔を作り、「何か良いことが待っている」と思って玄関に出る。その積み重ねだ。たまには玄関に出るまでにもう一度チャイムを鳴らす人がいたりして顔をしかめて出ることもあるが、できるだけ顔を作るように心がけている。



22/1/16(No.1160)

▼「ちょっと手順を変更するだけで、ブログ配信の効率が良くなった。「劇的に」と言っても過言ではない」と、ここまで先週のうちに書き留めておいたのだが、一週間経ってみるとどんな手順にしたことで効率が良くなったのか思い出せなくなった。
▼先週の時点では、カギ括弧の部分だけ書いておけば続きはかけると思ったのに、記憶力も相当衰えたものだ。残念だが、効率悪いままで今週もメルマガ、ブログ、ホームページの更新をすることになりそうだ。



22/1/23(No.1161)

▼第6波の影響でミサが中止になった。原因が何であれ、ミサを妨害されている。どんな妨害を被っても、神が共にいて導いてくださる確信を奪い去ることなどできない。
▼葬儀ミサが入った。主日のミサは中止になるが、できるだけ旅立つ人を葬儀ミサで送ってあげたい。信仰を得て旅立つ人は、見えないもの・見えない価値を持って旅立つ人である。



22/1/30(No.1162)

▼久しぶりに非公開のミサをささげて、活用出来るシーンがいろいろあることに気付いた。完全に一人でミサをすると、鈴(鐘)を鳴らしてもらえない。しかし音声だけだったら、以前のものから取り込める。そう言いながら、今週活用しなかった。非常に疲れたからだ。
▼活用と言えば、外部のマイク入力を活用して、場所全体の音を取るのではなく、祭壇の司祭の声に全集中で収録した方が非公開ミサの音声としてクリアになる。それは分かっていたのだがこれまで実行出来ていなかった。
▼このたび、眠っていた機器を掘り出して、外部マイク入力で祭壇の声を収録して動画を作成した。予想通り、クリアな音になった。非公開ミサの間は、これで続けていこうと思う。



22/2/6(No.1163)

▼オミクロン株の影響がいつ頃収まるのか、見通しが立たない。平戸地区の堅信式が20日に迫っている。現在13日までミサを中止しているが、20日(日)にミサが再開出来るのか、今日の時点では分かっていない。
▼聞くところによると堅信式のミサは主日のミサが中止になっている中でも長崎教区内でスケジュール通り実施されているらしい。すると、平戸地区も予定通り実施される可能性がある。現在堅信式が実施されている教会では、マスクは着用しているのだろうか。
▼両方の思いがある。「無事に堅信式が実施されて欲しい」「参加者が安心して秘跡を受けられるようになってから開催して欲しい」しかし感染の心配がいつ無くなるのか見通せないのだから、確実に感染対策をして実施するのが現実的だろう。



22/2/13(No.1164)

▼いよいよ、大司教様交代の時期が近づいてきた。その前に現在の大司教様が堅信の秘跡を平戸地区の中学生に授けてくださる。中学生も緊張すると思うが、お恵みの時をいつまでも忘れないで欲しい。
▼現在の大司教様が堅信式を司式して私が記憶に残っているのは、感謝式での受堅者代表あいさつを聞いて、そのあいさつの原稿をぜひ欲しいと言われることだ。大司教様の収集品の中で、もしかしたら大切なものの一つなのかも知れない。
▼今の大司教様の堅信式は、おそらく平戸地区が最後だろう。記録に残して、大司教様にも、また受堅者とその家族にも、DVDに残して残してあげようと考えた。これが思ったよりも難しく、何時間もテストして半日を費やした。うまく形に残せればと思う。



22/2/20(No.1165)

▼今年もコロナ禍の堅信式となった。子供たちはたくさんの祝福を受けるまたとない日なのに、ひっそりと秘跡を受けるのは申し訳この上ない。堅信のプレゼントに小生の説教集を一冊入れておいた。いつか目を通して、堅信のことを思い出してくれたら。



22/2/27(No.1166)

▼ポットを洗浄した。市販の薬品(大きさは、「パイン飴」くらい)を入れて、通常のように沸かす。するとステンレスのポットが見違えるようにきれいになる。水の入れ替えのたびに気になっていたので、これでおいしくコーヒーでも焼酎のお湯割りでも飲めるわけだ。
▼夜に「今日の仕事も終わったし、焼酎でも飲むか!」という気分になり、お湯を沸かして焼酎を割った。一口飲むときついレモンサワーの味がした。「サワーではないのに、どうして・・・」その時あっと思った。湧かした水は、洗浄した水ではなかったのか?
▼案の定そうだった。洗浄タブレットを入れた水で焼酎割りをしたわけだ。グイグイ飲まなくて良かった。飲んでいたら救急車で運ばれていたかも知れない。いや、この時期だと搬送先がいっぱいで放置され、「こんなことで救急隊の手を取らせないで!」とお灸を据えられていたかも知れない。



22/3/6(No.1167)

▼このすばらしい体験を話せるときがいつ来るのか分からない。先に、メルマガの読者と分かち合いたい。ある高齢者に洗礼を授けた。命の危険が迫っており、「緊急の洗礼」として入院している部屋で授けた。
▼この人にはカトリックの妻がいる。夫は「いつかは洗礼を受けて、同じ信仰のうちに人生を全うし、同じ墓に入りたい」と願っていたと言う。今はコロナ禍であり、家族以外の者が病室に入ることができるのか、大変気を揉んだ。
▼しかし、施設の責任者は制限付きでの入室を許可してくれた。「直接触れないでください」「時間は10分以内です」など、厳しい制約があったが、緊急の洗礼を授けることができた。もし家族しか入室できない場合も、家族に洗礼の授け方を伝えて授けてもらうつもりだった。(続く)



22/3/13(No.1168)

▼先週の続き。洗礼のために、額に三度、水を注いだ。直接接触しなくても授けることができて、神に心から感謝した。これが病者の塗油のように額に触れなければならないとしたら、たとえ緊急の洗礼でも授けることは叶わなかっただろう。
▼かつてのヨルダン川での洗礼のように、水に体を沈める洗礼は別として、ほんの少しの水によって、高齢のご主人は救いの恵みを受けた。ほんの少しの水を通して、神はその人のすべての罪を赦してくれた。自分が受けた洗礼の恵み、堅信の恵み、叙階の恵みの大きさを、あらためて知って恐れおののく体験であった。



22/3/20(No.1169)

▼黙想会をとある小教区主任司祭に依頼されて、本教会三日間、巡回教会二日間、連続五日間黙想会で講話をした。基本は本教会での三日間の中で話した四回分の講話だが、巡回教会ではそれを二日間で三回の講話に圧縮して話した。
▼正直に言うと、準備した内容をすべて盛ることができず、不十分な出来だったと思っている。それでも信徒の皆さんは熱心に耳を傾けてくれて、30分と指定されていた時間の枠は一度も守ることができず、40分、時には45分も話してしまった。
▼興味があれば、YouTubeで「ナカダコウジ」と入力して検索し、視聴して欲しい。そして感想などをコメントしていただけると嬉しい。その際、もし可能なら、チャンネル登録もお願いしたい。登録者の目標はでっかく1000人!!



22/3/27(No.1170)

▼なるほど。思わぬ落とし穴。YouTubeのチャンネル登録を促してもなかなか登録者数が増えない。その割には視聴者数は伸びている。どういうことだと思ったら、パソコンで動画を視聴している人がチャンネル登録するにはGoogleアカウントを取り、その上でログインが必要になる。この次点ですでに高いハードルになっている。
▼ここについては戦略を練らなければならない。たいていの人がスマホを所有しているのだから、スマホからのチャンネル登録をお願いするのが最も現実的だ。しかしだれもがスマホを持っているとは限らない。以前からのガラケーの人もまだおられるだろう。こうした人と、パソコン利用者のチャンネル登録を獲得するにはどうすればよいか。



22/4/3(No.1171)
▼エイプリルフールに夢を見た。脈絡も無いまま二つの「組」の事務所を訪ねていって「ナカダコウジと申します」と言ったかと思うと短刀を抜き、「グサッ」と組長を襲撃。組員が慌てふためく中を黙って歩いて帰ってきた。
▼あれは何だったのだろうか?実はその数日前にも面白い夢を見て、「少年ジャンプ」に出てくるようなヤンキーカップル二組が「よお神父さん。結婚さしてくれや」とやって来た。教会での結婚には、教会が考える結婚観を理解してもらうために勉強会が必要なことと、申込書を書いてくれと言って書かせているうちに私は司祭館の勝手口から逃げ出すという夢だった。
▼どちらも奇妙な夢だが、何か背景があるのかも知れない。どちらも二組だし、どちらも過激な人たちだ。何か思い当たることがあれば、後日書き加えたい。



22/4/10(No.1172)
▼聖なる一週間が始まった。説教を、復活の主日(日中)まですでに書き上げた。リンクが張られているのでどうぞ。すでに説教を書き上げているので中田神父の聖なる一週間は終わったようなものだが、もう一度一週間過ごしていく。そして見えていなかった部分を見つけ、拾い上げていこうと考えている。
▼今年も新しいシスターが入れ替わりで入ってきた。聖週間を終えておいでになるとバタバタしないわけだが、修道会には修道会なりの事情がある。致し方ないので、それを織り込んで聖週間のお手伝いをお願いすることになる。協力して、一年間典礼の充実を図りたい。人の入れ替わりは、必ず化学反応を起こすから、何が起こるか楽しみだ。



22/4/14(No.1173)
▼「センス・オブ・何だぁ?」という本を読んでいる。すぐに「センス・オブ・ワンダー」をもじったものかなと思って読み始めたが、これは日本版「センス・オブ・ワンダー」そのものだと思った。
▼驚きと発見、感動と喜び。こうした感覚が良く伝わってくる本だ。読み始めると、幼い頃に体験したことがよみがえってくる。裸足で走り回ったことがあるので、「足の裏のアンテナ」(15頁)はすぐに理解できた。
▼「雨を聞く」時間についても、自然豊かな敷地内に教会があるので、雨の中でも盛んに鳴き声を交わしている鳥たちに思いを馳せ、「鳥たちは、雨をどう思ってるのかな?」と、この本を読んでから考えるようになった。実に読み応えのある本なので、いろんな人にお勧めしようと思う。



22/4/15(No.1174)
▼「センス・オブ・何だぁ?」の続き。「感じて育つ」という副題からすると、「育つ世代」を抱えている人たちにこの本をお勧めしたいと思う。保育園とか、幼稚園とか。あるいは小学生中学生を抱えている保護者にも読んでもらいたい。
▼聖なる三日間の典礼が始まっている。実は聖木曜日の朝、司祭館が停電した。時々停電するのでまたかと思ったがどうも復旧の兆しはないし、周囲での停電も起こっていない。電気関係に評議会議長が詳しいので忙しい中調べてもらったら、外部に電気を引いている箇所(イルミネーション等の電源ボックス、トイレ)で障害が発生しているらしい。私一人だったら「まだ聖木曜日なのに復活徹夜祭のローソクの儀式」を強いられるところだった。



22/4/16(No.1175)
▼ウクライナを蹂躙しているロシア。ロシア兵の間の通信を傍受したとされる録音を聞いたとき、「こんな命令に従わないといけないのか?」と人間性を疑った。「指示をください」と確認を求める兵士に「ためらうことなく撃て。相手が誰であろうと撃つんだ」という上官の声が聞こえ、「はい分かりました」と返事をしていた。
▼しかし、どれだけ証拠が揃っても、ロシアの責任者たちを裁くことができるのか、はなはだ疑問である。日本でインタビューを受けているロシア人女性の言葉がとても胸を打った。「ロシアは犯したことの償いをこれから果たさなければなりません。どうか、ロシアを見捨てないでください。」復活したイエスは、誰も見捨てないために、十字架にかかられた。イエスは誰も見捨てたりしないのだから、私たちも同じ道を歩まなければ。



22/4/17(No.1176)
▼主の御復活おめでとうございます。早い時期の台風の影響か、聖週間の間強風続きでミサ参加者にも影響したかも知れない。荒れた天気の聖週間という記憶が無いので、これが何を意味するのか、警告を発しているのか、考えてしまった。
▼聖香油ミサで、叙階の節目を迎えた司祭のお祝いも行われた。銀祝を迎えた司祭のあいさつがとても印象深かった。三人の同期と話し合って、記念カードに「だれを捜しているのか」(ヨハネ18・4)という聖句を用いたそうだ。イエスを捜し求める司祭として生きていきたいということだろう。
▼その答えは驚くほど身近にあったというあいさつだった。助任司祭として浦上で務めていたとき、先輩の助任司祭のまっすぐな行動を見て、「私はこんな身近にお手本がいたのに、模範を遠くにあるものと思って捜していた」と考えたという。ここでは手短に書いているが、なかなかのあいさつをする後輩だった。



22/4/24(No.1177)
▼受難の主日から復活の主日(日中)までを一気に書き終えていたせいか、いざ通常のように説教案を準備しようとすると、使える時間が少ないことに驚く。さらにその上に、葬儀ミサが土曜日に入ってしまい、使える時間はいよいよ少なくなる。
▼「切迫する前に、金曜日までに書けば良いではないか。」そう考える人も多いだろう。それがそうも行かない。説教はある意味「降ってくる」もので、金曜日の余裕のある時間では説教は降ってこない。なんとも悩ましい。
▼昨晩(金曜日の晩)風呂に入って温まっていたら説教が降ってきた。ある程度、その降ってきた言葉を書いたのが今週の説教である。



22/5/1(No.1178)
▼五月になった。聖母月である。ロザリオの祈りにより親しむ月。信心深くない中田神父はロザリオの30分がいまだに長く感じる。当然のことだが、「長く感じない」という境地に達しなければ、ロザリオを語る人としては失格だろう。
▼五月連休はどうして過ごす?いちばん背を向けてきたことから始めるのが良いだろう。部屋の片付けもその一つ。部屋の片付けと関連するが、書類の整理整頓もだろう。部屋が片付いていれば、たいていの場合書類も片付いているに違いない。これから平戸地区で働くあの司祭に、部屋がきれいなうちに、どうか私のような「汚部屋」にならないでと願わずにはいられない。



22/5/8(No.1179)
▼ぐっと温かくなってきた。月初めの金曜日(初金)に病人訪問をしているが、家庭にいて聖体拝領をする方からも、「温かくなってきましたね」という会話から始まるようになってきた。季節に敏感なのは、「健康な人ではなくて病人である。」
▼田平教会信徒会館の裏が、かなり開けてきた。開けたことで何本か立っている背の高い木が、取り残された感じになっていたがこのたび伐採することになった。そうなるといよいよ広い土地が手に入り、教会としての活用方法が必要になってくる。
▼私の従来からの考えは「祈りの公園」だが、それよりも早く「耐震補強工事に伴う仮小屋の建設」が必要かも知れない。かつての主任司祭にも「祈りの公園」を願っていた人もいたのでぜひと思っているが、「種蒔く人」と「刈り取る人」が同じとは限らない。



22/5/15(No.1180)
▼耐震補強工事の話が少しずつ前に進み始めている。田平小教区ができることは具体的には「長崎大司教区のもと、所有者として」資金を準備することだ。積み立てをすることがまず考えられるが、それ以外にもあらゆることを考える必要がある。
▼ネットで調べればいろいろ出てくるかも知れないが、実現可能かどうかは別として、あらゆる方策を考えてみたい。「クラウドファンディング」はよく知られた方法だ。しかしそれだけでなく、知恵を絞ってみよう。頭から湯気が出そうである。それ以上に、また髪の毛が抜けそうである。



22/5/22(No.1181)




22/5/29(No.1182)




22/6/5(No.1183)




22/6/12(No.1184)








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