第二回:神との出会いの見極め

最初の話で、私たちは自分のこのいのちを深く見つめていくと、必ず神のみ摂理に気づき、祈りの中では神に感謝し、生活の中では神の御心に背を向けない生き方を求めるようになるという話をしました。もし、一回目の話で自分の生活がすっかり変えられ、生活の中心に神がおられることを悟り、神と共に生きる生活にぱっと切り替えられるなら、言うことなしですが、実際はそうでもありません。
そこで、二回目の話の中では、私たちはあるとき、はっきりと神と出会うんだけれども、見極めが難しいということについて考えてみたいと思います。私たちは、時間と場所をこえて、人となられたイエス様とはっきり出会うのですが、なかなかそのことに気づかないのです。

私自身の体験談から入りたいと思います。私は七年前に大神学校を卒業して、その年の三月に司祭になったのですが、卒業を間近に控えた頃に、大神学校で生活指導をしてくださっていた神父様が、次のようなことを私に尋ねたことがありました。
「あなたは、なぜ司祭になりますか」。生活指導の中での質問とはいえ、なかば口頭で試験をされていたような気分でしたので、私は少し考えてから、こう言いました。「私は、長崎教区の教会で信者さんに精一杯奉仕して、少しでも信者さんのお役に立てるようになるために、司祭になります」。
まぁ、そつのない答えだなぁ、と思っていたのですが、そのカナダ人の神父様は、私の答えが不十分だと感じたのでしょう。続けてこう尋ねてきました。「それだけですか」。「それだけですか」と言われれば、何か付け加えて話さないといけません。私はもう少し具体的に話すべきだったと思い直し、こう答えました。「教会で子供たちの宗教教育をし、病気の人をできるだけ見舞い、なるだけたくさんの人に洗礼を授けるため、司祭になります」。
「本当に、それだけですか?」このカナダ人の神父様は、さらに私に質問してきます。私にとって、さきの答えは、ある程度合格点をもらえる答えだと思っていただけに、さらに何かといわれても、もう答えるものがありません。ついに私は黙ってしまいました。
これ以上何も浮かばないと見た指導司祭は、一呼吸おいて、静かにこう答えました。「あなたは、幸せになるために、司祭になるのではないんですか」。

すぐには分かりませんでした。彼が何を言おうとしているのか、最初は理解できませんでした。けれども、この神父様ははっきりと、こう言いました。「あなたは、信者さんのために司祭になると言った。それはそうです。ですが、あなたが幸せになることも忘れてはいけません。あなたの人生の幸せを捨ててはいけません」。
あと、続けて何を仰ったのか、私は覚えておりません。ですが、私にはそれで十分でした。新しいものの見方を与えてもらえば、そのあとのことは私でも考えていくことができます。
要するに、こういうことです。この人生すばらしかった。生きていて良かった。私の人生は幸せだった。司祭になるということは、確かに人々への奉仕に生きることなのですが、その生き方を選び、自分が幸せを感じるのでなければ、ただ司祭になるだけでは足りないということだったのです。
なるほど、そう考えてみれば、確かにそうです。「人々への奉仕をしたい。そのためだったら、自分の幸せはどうなってもよい」。こんなふうにかっこよく言い切ってもいいのでしょうが、本当はそれではいけないのです。「自分の幸せはどうなってもいい」のではないのです。自分もその生き方で幸せをつかまなければいけないのです。
当時は考えもしないことでした。振り返って、司祭として一生涯を過ごして、本当に幸せだったなどということは、二十六かそこらの自分には考えもつかなかったのです。そのカナダ人の司祭は、すでに七十になろうとしていた大ベテランでしたが、先輩としてそのような忠告をしてくださったのだと、今でも感謝しています。

今回の黙想会で、当時の体験を振り返りながら、私はもう一つのことを学びました。司祭になるという神様の呼びかけを召し出しと言ったりしますが、私はあのときの指導司祭とのやり取りの中で、はっきりとイエス様に出会っていたのです。
召し出しは、神の呼びかけが最初にあって、それに人が答えることで成り立ちます。何のために司祭になるのか、改めて考えたあのとき、イエス様はあの老司祭を通して、確かに私と出会い、呼びかけておられたのです。「わたしが、あなたの幸せを約束するから、わたしについてきなさい。あなたを司祭として使いたいから、呼びかけに答えてほしい」。こんなふうに呼びかけておられたのだと思います。
ここに、見極めの難しさということが出てきます。あのときの対話を通して、いよいよ司祭になろうという直前の準備を固めることができたのですが、その時すぐに、今この場所で、イエス様とじかに出会っているということまでは気づかなかったのです。今年の黙想会を準備し始めて、ようやく気づいたわけです。時間にして、丸七年かかったということになります。ですから、見極めるのは非常に難しい。

同じ体験は、みなさんの生活の中にも具体的に現れます。みなさんの結婚生活がその良い例です。今度は私中田神父が、老司祭の役にまわって、みなさんに尋ねたいと思います。みなさんは何のために結婚したのですか?
「いっしょに暮らしたいから」「相手を支えてあげたいから」それぞれ、自分なりの答えがあると思いますが、それにもう一つ加えてほしいのです。それは、「幸せになるため」です。
「この人の幸せのためだったら、自分の幸せはどうなってもいい」もしかしたら、結婚を考えたとき、そんなことを思ったかもしれません。美しい言葉ですが、それを額面通りに理解してはいけないと思います。「私の幸せどうなってもいい」のではありません。この結婚を通して、自分も幸せになる。そういう気持ちを育てていくことが大切です。決して、自分の幸せを捨ててまで、結婚に踏み切るべきではないのです。
「私は、結婚して良かった。この人生すばらしかった」このような言葉で人生の最後を結ぶために、みなさんは結婚したのです。教会で結婚の誓いを交わすとき、祭壇の前で誓いを立てます。それは、二人の誓いを神が固め、祝福するためでした。神は二人を結婚生活に招き、こう呼びかけたのです。「この結婚生活を通して、あなたたちを幸せにしたい。だから、結婚生活の中で、わたしについてきなさい」。このとき、みなさんは神とじかに出会ったのです。
みなさんは今、当時のことを振り返っているかもしれません。「そう言われてみれば、そうかもしれんなぁ」。結婚の誓いを立てたのは、何年前、あるいはもっとずっと前かもしれません。その時、確かに神はその場にいて、みなさんとじかに出会ったのですが、今日こうして見極めをするために、どれだけの時間がかかったのでしょうか。今まで一度も見極めをすることがなかったとしたら、神が目の前におられたあのときから、すでに何年も、あるいは何十年も過ぎているのです。
このように、目の前に神がいてくださったときですら、見極めは非常に難しいのです。

「それでは、私たちは鈍いということか」。そう思っておられる方もいらっしゃるでしょう。そうです。イエス様との出会いを見極めるということでは、私中田神父を含めて、すべての人間は感覚が鈍っているのです。
神との出会いを見極めきれない弱い人間の姿は、すでに二千年前に証明済みです。ヨハネ福音書の最後の箇所、21章を例に考えてみましょう。


その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。
シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。
既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。
イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。
イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。


決定的な言葉が二ヶ所あります。「既に夜が明けた頃、イエスが岸に立っておられた」。漁に出かけたときのよる夜中ではありません。はっきりと見分けのつく時間になっていたのです。「だが、弟子たちは、それがイエスとは分からなかった」のです。三年間、寝起きを共にしたあの弟子たちですら、イエス様との出会いに気がつかなかったのです。
もう一ヶ所は、さらに致命的です。「イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である」。もうここまでくると、言い逃れのしようがありません。
似たようなことを私も体験しました。当時浦上教会の助任司祭をしていた頃のことですが、カトリックセンターで食事をしていると、大先輩の神父様が、親しそうに私に声をかけてきました。

「おう、あんたはどこの教会やったかな」「浦上です」
「そうか。まぁ、頑張れよ」「はい」

 一年後、同じ神父様に、同じ場所で、同じことを聞かれました。

「おう、あんたはどこの教会やったかな」「浦上です」
「そうか。頑張れよ」「はぁ」

さらに一年後、つまり三年目ですが、また同じ会話です。当時の私は若気の至りで、あとさき考えずに先輩に食ってかかったのでした。

「おう、あんたはどこの教会やったかな」
「結構です。先輩に覚えてもらわなくても」

さすがに三年続けて、同じことを同じように言われれば、頭にも来るわけですが、わたしが食ってかかった先輩神父様は、今は教区の顧問という大変な役職に就いておりまして、私は穴があったら入りたいくらいです。
まぁ、それはどうでもいいことですが、やはり復活したイエス様に、三度も出会って、三度目もそれと分からなかったというのは、弁解の余地がありません。悲しいことですが、イエス様がどれほど近くで私たちと出会ってくださっても、人間はそれを見極めるだけの目を持っていないのです。むしろ、原罪の傷跡によって、目がかすんでいると言った方がよいのかもしれません。
目がかすんでいるのであれば、目薬が必要です。あなたはそれを、薬局に買いに行きますか?今日、一日目の黙想会が終わって、うろたえて薬局に走り、「私はどうも生活の中でイエス様と出会っているらしいのだけれども、どうも目がかすんで見えない。だから、目薬をください」と言いますか?
そう言って薬局の店員を驚かせてもいいのですが、せっかくですから、私が薬局を紹介しましょう。そこに行けば、確かに目薬を差してもらえます。もし、すでに薬局をご存じでしたら、これからの残りの話は聞かなくても結構ですが、どうでしょうか。

この大島町に、信仰の目を開かせてくださる薬局は三つあります。一つは聖書、一つは赦しの秘跡、一つは御聖体です。赦しの秘跡は明日話します。また、御聖体については、最終の三日目に話すことにして、これからは聖書という薬局を思い出すことにしましょう。
聖書、なかでもイエス様の生涯を書き綴った四つの福音書は、信仰の目を開く目薬の宝庫です。その中から、一ヶ所だけ、ヨハネ福音書の2章、水をぶどう酒に変える奇跡のところを紹介します。


三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があって、イエスの母がそこにいた。イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。
ぶどう酒が足りなくなったので、母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。
そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのものである。イエスが、「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言われると、召し使いたちは、かめの縁まで水を満たした。イエスは、「さあ、それをくんで宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。召し使いたちは運んで行った。世話役はぶどう酒に変わった水の味見をした。このぶどう酒がどこから来たのか、水をくんだ召し使いたちは知っていたが、世話役は知らなかったので、花婿を呼んで、言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」
イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。


ぶどう酒が足りなくなって、披露宴に招待した招待主は大慌てしています。イエス様は召使いたちに水汲みを命じました。当時は水道の蛇口をひねれば水が出るという世の中ではありませんから、たとえば太田尾教会からバス停のところのプール(間瀬教会から東小学校の防火水槽に)に行って、水を汲んでくる、それくらいの重労働だったのですが、それでも召使いたちは忠実に水を汲んできました。
私はここを意地悪く読みます。つまりこうです。召使いたちも、裏方の騒動は知っています。水が必要なのではなくて、ぶどう酒が必要です。「こんな忙しいときに、水汲みをさせるなんて、あの客(イエス様)は何を考えているんだ。ようし、それならあの客に恥をかかせてやろう。かめの縁すれすれまで水を入れておいてやろうではないか」。そんな悪意をもって、水汲みをしたのではないでしょうか。
結局、水はぶどう酒に変わりました。それも、世話役が味見をしてみると、最高のぶどう酒に変わっていたと言うではありませんか。
かしこいみなさんは、奇跡にばかり目を取られてはいけません。この出来事から、私に必要な目薬を見つけなければならないのです。この物語で処方してもらえる目薬は、「イエス様は、人間のどんな悪意による行いをも、喜びに変えてくださる」というものです。

悪意を持った人のたくらみに引っかかって、悔しい思いをしたことがないでしょうか。煮え湯を飲まされると言ったりしますが、一生ぬぐい去れないほどの傷を受けることも、この大島の中でもあるのかもしれません。
他人との間でなくても、家庭の中で、涙するほど悔しい思い、裏切られたという思いをするのかもしれません。やり場のない怒りと、無力感が、あなたを襲うかもしれません。
そんなときこそ、聖書はわたしたちに薬を処方してくださる、イエス様は信仰の目を開くための目薬を用意してくださるのです。「わたしは、人間のどんな悪意も、喜びに変える」と。
社会は、こんなときわたしたちに必要な薬を用意することができません。「それはひどいね。許せないね」。同情はしてくれても、効き目のある処方箋にはなりません。イエス様だけが、私たちの傷をいやし、立ち直る薬をもっておられるのです。イエス様だけが、私たちの癒えない傷を、癒してくださるのです。
それほど大きな出来事でなくても、薬が必要なときがあります。今年はインフルエンザの流行の年でした。ちょっと風邪かなーと思う程度でも、薬が必要だとしたら、信仰生活の迷いや不安にも、同じように薬が必要なはずです。夫が、妻が、ミサに行かない、子供が信仰を捨てている。日常茶飯事の出来事かもしれませんが、家族で互いに薬を探し求める努力をしてきたでしょうか。
ここまでくると、私たち皆が分かり始めます。私にも、信仰の目を開いていただくあの出来事、この出来事があった。そんなときいつでも、イエス様は側にいて、お薬を用意して待っておられた。目の前にいて、イエス様と出会うことができたのに、わたしはお薬を求めず、自分で治すのだともがいていた。それは無茶です。無謀です。

イエス様はどんな生活の中でも、それは一回目の話で言いましたが、経済・政治・文化のどの生活でも、あなたの側にいて助け、励まそうとしておられます。焦り、不安、迷いが少しでもあれば、その時こそがイエス様と出会うチャンスです。必要ならば、薬も用意してくださいます。この機会にぜひ、神と親しい生活を、自分の今の生活に取り戻してください。
ついでなので、明け透けに言いますが、薬はただではありません。ふだんの生活で、常に(常備薬を)いただくためには、朝晩の祈りという薬代を払わなければ、当然薬はもらえません。聖書から、いやしの薬をいただこうとするなら、当然時間というお金にも換えがたい貴重なものを支払って聖書を読み続けなければなりません。ふだん朝晩の祈りをしない、聖書を読む気などさらさらないという見栄っ張りの方は、いざ薬が必要になったときは、保険が利かないことも承知しておいてください。保険の利かない薬は、そう安くはないと思います。

 最後に、二回目の話をまとめるために、旧約聖書の一節を朗読します。静かに聞いて、これから自分の取るべき態度を決めて下さい。「申命記」の30章ですが、繰り返し三回読みます。


わたしが今日あなたに命じるこの戒めは難しすぎるものでもなく、遠く及ばぬものでもない。それは天にあるものではないから、「だれかが天に昇り、わたしたちのためにそれを取って来て聞かせてくれれば、それを行うことができるのだが」と言うには及ばない。海のかなたにあるものでもないから、「だれかが海のかなたに渡り、わたしたちのためにそれを取って来て聞かせてくれれば、それを行うことができるのだが」と言うには及ばない。
御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる。

わたしが今日あなたに命じるこの戒めは難しすぎるものでもなく、遠く及ばぬものでもない。それは天にあるものではないから、「だれかが天に昇り、わたしたちのためにそれを取って来て聞かせてくれれば、それを行うことができるのだが」と言うには及ばない。海のかなたにあるものでもないから、「だれかが海のかなたに渡り、わたしたちのためにそれを取って来て聞かせてくれれば、それを行うことができるのだが」と言うには及ばない。
御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる。

わたしが今日あなたに命じるこの戒めは難しすぎるものでもなく、遠く及ばぬものでもない。それは天にあるものではないから、「だれかが天に昇り、わたしたちのためにそれを取って来て聞かせてくれれば、それを行うことができるのだが」と言うには及ばない。海のかなたにあるものでもないから、「だれかが海のかなたに渡り、わたしたちのためにそれを取って来て聞かせてくれれば、それを行うことができるのだが」と言うには及ばない。
御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる。