主日の福音1997,03,02

四旬節第三主日(Jn2:13-25)

 

「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」今日の福音書の中で私が取り上げたい箇所です。このみ言葉に、今日の福音を説くカギがあるように思います。

 

イエス様が神殿にお入りになります。祈るためにほかなりませんが、神殿にはいってみると、中では商売人が幅を利かせていました。律法に定められた「捧げものの規定」のことを考えると、神殿での捧げものは欠かすことのできないものだったでしょう。

特に旅行者にとって、捧げものにする動物をつれて旅行するわけにはいきません。それで捧げものの動物をどこかで調達しなければならない、それもできるだけ近いところで手に入れるということになります。こうしたことから、捧げものの動物のやりとりをすることも黙認されていたのでしょう。

 

捧げものは普通、神殿で焼き尽くすいけにえとしていました。そこで、捧げ物を買い取る必要が出てきます。ところが、旅行者が普通持ち歩いているローマの貨幣は、神殿の中では通用しなかったのでした。ローマの貨幣には、礼拝まで要求していたローマ皇帝の肖像が刻まれていたからです。神は偶像崇拝を嫌われるという理由で、神殿では古いイスラエル貨幣が使われていました。そこで今度は、両替商が幅を利かせることになるのです。

これだけの理由があって、なぜイエスはあれほど感情をむき出しにして怒りを現されたのでしょうか。本当に、神殿の清めのために、あれほど大暴れする必要があったのでしょうか?

 

私は、こんなことを考えてみました。イエス様は、「出来事の中で、完全な主導権を握るため」また、「まったく新しい礼拝が、まったく新しい神殿においてなされることを宣言する」ために、あのような行動をとられたのではないか、ということです。

圧倒的な力、勢いを示すことは、出来事の主導権を握るために大変効果的です。そのあとの一つひとつの動作、言葉が、力を持ってきます。そう考えると、大神殿の中で、すべての人にご自分の意志を伝えるために、あるいはどうしても必要なことだったのかもしれません。

もう一つの、「まったく新しい礼拝が、まったく新しい神殿の中で行われる」とは、どういうことでしょうか。それは、旧約聖書の中で何度か予告されているのですが、たとえば詩編の中でダビデが教えている、「もしいけにえがあなたに喜ばれ、焼き尽くす捧げものがみ旨にかなうのなら、わたしはそれを捧げます。しかし、神の求めるいけにえは打ち砕かれた霊。打ち砕かれ悔い改める心を、神よ、あなたは侮られません」(詩編51:18-19)という祈りと結びつきます。すなわち、「これまでのような動物に頼った礼拝ではなく、イエス・キリストに心を合わせたなかで捧げられる礼拝」ということです。

 

私たちの礼拝を振り返ってみましょう。日曜日、こうしてミサに与り、思い思いに献金を捧げています。もし、「物に頼った礼拝」に重きを置くならば、たとえば百円のお賽銭は、ふさわしい礼拝にはとてもおぼつきません。少々の額を捧げたとしても、物に頼った礼拝には限界があるのです。

ところが、「イエス・キリストに心を合わせたお賽銭」であればどうでしょうか。それは間違いなく、神のもとへ届き、私たちの礼拝の心をふさわしく表現する捧げ物になるのです。父なる神が求める「新しい礼拝」のためには、「イエス・キリストに結ばれた礼拝」であることがどうしても必要なのです。

イエス・キリストに心を合わせて礼拝を捧げるためには、新しい神殿ということを考えなければなりません。新しい神殿、それは、イエス・キリストその方です。

素朴で、飾り気のない生き方、弱い人、貧しい人の友となられた姿、正義のためなら、権力者を告発することすら恐れない姿。こんなイエス様の姿にあやかろうと思いながら、そのための恵みを願いながら捧げ物をするとき、私たちの礼拝は「新しい礼拝」になるのです。イエス・キリストの姿を心に描く人は、新しい神殿を持っている人です。新しい神殿に留まりながら、新しい礼拝を捧げるべきだと、イエスは仰っているのではないでしょうか。

 

このイエス様のメッセージは、当時のユダヤ人だけに向けられているのではありません。今この聖堂の中で、イエス・キリストが留まっておられるこの場所で、ミサ聖祭という尊い捧げ物を捧げようとしている私たちにも、同じメッセージが投げかけられています。私は、イエス様の呼びかけに応えようと思っているでしょうか。いまだに、賽銭の額であるとか、欠かさず賽銭を入れているという自負心に頼っていないでしょうか。

 

ミサに来ていながら、新しい礼拝に心を向けなかったためにイエス様の怒りに触れることのないよう、新しい神殿で、新しい礼拝を捧げるとの決意を新たにいたしましょう。新しい礼拝を捧げるなら、父なる神は必ず報いてくださいます。