主日の福音10/05/16
主の昇天(ルカ24:46-53)
主は天に昇られ、いちばんよいものをくださる

わたしは五人兄弟の第一子長男です。父は巨人の星のスパルタ教育が理想でした。わたしは元来左利きだったのですが、箸と鉛筆を左で持つのはおかしいということで矯正させられました。刃物を扱うのと、スポーツは変わらず左利きです。

父は40代まで遠洋漁業の乗組員でしたので、月夜間の3日間しか家にいなかったのですが、帰ってきてわたしが左で箸を持っていようものなら、「何で言われた通りにせんとか」と叱られ、ご飯の入った茶碗のほうを投げ捨てられていました。

最初に断っておきますが、父は巨人の星のスパルタ教育が理想の教育でしたので、ちゃぶ台をひっくり返すといったことは日常茶飯事でした。よく母に茶碗を投げつけ、母は書き置きをして、わたしを連れて母方の実家に避難したりしていました。

そんな怖い父でしたが、子供と遊びたい気持ちはあったようで、わたしを星飛雄馬に見立てて野球を教えてくれました。残念ながらわたしは運動音痴で、野球よりも学研の「科学」と「学習」が大好きな少年だったので、父はストレスがたまっていたに違いありません。

野球を無理やりやらされた挙句に、「はよー、月夜間の終らんかなぁ」という顔をしてキャッチボールをしていました。そんな顔で相手をされても面白いはずがなく、そのうちに父も「もうよか」と言ってグローブもバットも山に投げ捨てたりしていました。

2年前の5月31日に父は71歳で亡くなりました。肺ガンでした。今になってみると、もっと父を喜ばせてあげられたらよかったのになぁと思います。周囲の話では、野球のときは名サードだったそうです。絵を描かせても惚れ惚れするような絵を描きましたし、メジロの巣箱も、竹ひごを作ることから始めてそれはもう芸術品でした。なぜもっと、もっとたくさんのことを父に習わなかったのだろうと、後悔することばかりです。

けれども、生きていて残してあげることのできるものもあるでしょうが、亡くなって初めて、子供たちに残すことのできるものもいろいろあるのではないでしょうか。一般に財産分与は亡くなってからです。亡くなることで、与えてくれるものに意味と価値が出てくる場合もあるのだと思います。

わたしの父は、たいした財産も残せませんでしたが、わたしは父が亡くなる数か月前に、振り返りをするためのノートを買ってきて、父に覚えていることを書いてくれるように頼んだことがあります。

長男息子の願いだからと、父はまじめに自分史を書き残そうとしていました。病気があっという間に進行して、思い残すことはないというところまでは書けなかったようですが、その時々の喜びや苦労をノートに書き遺してくれていたので、今は大切な形見です。

父の振り返りの中で、わたしの目にとまった部分がありました。わたしが司祭になったときのことを書き残した部分です。病気と闘い、症状が刻一刻と悪化する中で、わたしのことを忘れず書き残してくれた、それだけでも感謝の気持ちでいっぱいです。少し、紹介します。

「わたしはこれから自分の生活を極める者として、悔いのない、より高い信仰生活に没頭するつもりで毎日のミサに行っていれば神父さまの良い教えが神学校の子供にも、養護学校に入所している子どものためにもあると信じていた。

それから、鯛之浦の神父さまは説教で自由意志という言葉をよく使った。それはイエスさまの生き方を自由に、のびのびと生きることかなと受け止めた。また、地区集会のときにも、自我を捨てることなど大切なことを教えてもらった。(中略)

そうこうしている間に、新司祭をわたしの家に迎えることになった。夢のようだった。それまでにスータンをいただくことから始まって、その1年後には聖書をいただく式にあずかったり、またその1年後には聖体を配るようになり、それから長崎の浦上教会で助祭式にあずかり、1年後に司祭の恵みをいただいた。

貧しさの中にもうれしくてうれしくてたまらなかった。これが神のお恵みであると確信した。その時からわたしはお祈りを切らさないで生きようと決めた。」

地域でも指折りのやんちゃな父でしたが、息子が無事神父になれるように毎日ミサに通うと決心し、そのために給料のいい船の仕事をあきらめて、全くのゼロから牛飼いの仕事を始めたのだと知りました。

多くを捨てて、1つを選び、わたしに残してくれていた。父が亡くなってからようやく、はっきり知りました。生きているときに、口に出して褒めてもらおうとは思わなかったのだろうか。名誉心はなかったのか。今になって、亡くなることで残った父の遺志を思い返すのです。

長くなりましたが、とにかく、生きているうちに残すものもありますが、亡くなることで残してくれるものがあるということです。わたしは自分自身のこの経験から、イエスが昇天したことを考えたいのです。イエスが天に昇られた。それはイエスにとって素晴らしい出来事でした。けれども、弟子たちにとってはある程度覚悟はあったとしても十分受け止めることのできない出来事だったはずです。

第一朗読を思い起こしてください。使徒言行録でしたが、「イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた」(使1・10)となっています。つまりこれは、弟子たちはイエスが天に昇られるのを、口をぽかんとあけて見ていたということです。

弟子たちが突っ立ったままなので、白い服を着た二人の人がそばに立って、言うのです。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」(使1・11)

イエスは、亡くなって、天に昇られたことで、またおいでになるのです。キリストの再臨は、復活し、昇天したキリストが、再びご自分をお与えになるということではないでしょうか。イエスは亡くなって復活し、昇天したことで、最後にとっておきのものを与えることを計画されたのです。昇天という、完全にお姿がこの世から取り去られることで、最高のものを与えようとしたのです。

主の昇天は、天に昇って行かれる様子に見とれているだけでは、その意味を理解することはできません。天に昇る、その向こうにあるものは何だろうと考える人にならなければなりません。

亡くなることで、初めて与えることができるようになるものがあります。イエスも、この世からすべて奪い去られたことで、わたしたちにご自身を与え、聖霊降臨を通して聖霊をお与えになろうとしています。

イエスさまが弟子たちのもとを去って、最後にお与えになるものは一番よいものに違いありません。もちろん、今日の天気も、イエスさまがお与えになる最高のものでしょう。今日から聖霊降臨までの数日を、楽しみに待って過ごしましょう。
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‥次の説教は‥‥
聖霊降臨の主日
(ヨハネ20:19-23)
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