主日の福音2001,6,10
三位一体(Jn16:12-15)
三位一体の神秘は深い愛のしるし

今日は三位一体の祝日です。聖霊降臨以後、一連の祝日が続けてお祝いされますので、ここで覚えておくのはためになります。今日の三位一体の祝日、来週のキリストの聖体の祝日、そして、日曜日ではありませんが、イエスのみ心の祝日、この三つが必ず連続してやって来ますので、覚えておきましょう。

さて、ヨハネ福音書のこのあたりは、弟子たちにイエス様がなさったお別れの説教、「告別説教」として伝えられている箇所です。真理の霊について語りながら、イエス様は弟子たちにこう言い残します。「その方、すなわち、真理の霊がくると、あなた方を導いて真理をことごとく悟らせる」(16:13)。

イエス様のこの言葉は、聖霊降臨以後のすべての時代に当てはまっていると言ってもいいのですが、ことごとく悟らせると言っても、聞く側は生身の人間ですから、パッとサッとは理解できなくても不思議はありません。神ご自身についての真理、すなわち三位一体の神秘については、ことさらそうでしょう。

神が唯一であるという信仰は、私たちにとって受け入れやすい真理です。「これ以上のお方はいない」と考えれば、そのようなお方を二人も三人も想像することはできそうにないからです。ところで、その神に、三つの位格、ペルソナがあるということは、なかなか受け入れ難いようです。三つのお姿を持っていながら、唯一の神であるということを、どのように受けとめたらよいのでしょうか。

私は、神様がご自分のことを、救いの歴史の中でじょじょにお示しになった、この点から考えると少し理解の助けになるかな、と思っています。生身の人間が頭をひねって考えたことですから、あくまで、「助けになるかな」ということでして、真昼のように明らかには理解できないことは確かです。

神が人類を救おうとされるご計画を眺めてみると、初めはイスラエルの民を選び、次におん子を遣わしてすべての人々に救いが告げ知らされ、最後には聖霊が弟子たちを動かして全世界に救いの訪れを運ぶという、一連の広がりがあることに気付きます。この救われるべき民の広がりは、神がご自分をじょじょに示された事実と重なっています。初めに父なる神、次いでおん子キリスト、最後に聖霊が示されて、神の全体像も広がりを見せました。これが唯一の神の全体像、ただお一人でありながら、三つの面がある神様の全体像なのです。

神の全体像が歴史を通して広がっていく。これを、神が人間をどれだけ愛してくださっているかという一点に絞って考えると、もっと身近に感じられます。神の愛は、初めに選ばれた民への忠実によって示されましたが、最後にはおん子を通してすべての人を救うという、これ以上ないという愛の姿が明らかにされていくのです。その想いは聖霊によって世の終わりまで引き継がれていきます。つまり、唯一の神の三つの面をそれぞれ示してくださったことで、神の愛はここまで広げられているんですよと教えているのではないでしょうか。

唯一の神に三つの面があるということは、ご自分の愛を極みまで与えるためにも、ぜひ示される必要がありました。おん父の姿しか私たちに教えられていなければ、イスラエルの民をわが子のように愛した、その形でしか神の愛を理解することができなかったでしょう。けれどもおん子が示されて、神の愛は、民族をこえて私たちすべてを兄弟姉妹として愛することにも開かれていると分かりました。

また聖霊が示されなければ、私たちの体を聖霊の神殿としてくださるという愛の形に気付くことはなかったでしょう。このようにして、神様は歴史を通じて、その愛の深さを示そうとして、ご自分が三位一体の神であることをじょじょに示されたのです。

三位一体の神が示されて、神様がどんなに私たちを愛しておられるかは分かるようになりました。このことに信頼し、希望をおいて、これからも三位一体の神に祈りましょう。父と子と聖霊。私たちは十字架の印をするたびに、三位一体の神を呼び求めています。栄光が父と子と聖霊にありますように、ミサの中で続けて祈って参りましょう。