福音説教2000,04,22
復活の聖なる徹夜祭(Mk 16:1-7)
闇は光に打ち勝たなかった 
みなさん主の御復活、おめでとうございます。今日、この喜びのときに私の心に上った聖書の言葉は、ヨハネ福音書の「光は闇の中で輝いている。闇は光に打ち勝たなかった」(Jn 1:5)という箇所です。今年はこの言葉から、復活したキリストを探し求めたいと思います。

もうすでにお気付きと思いますが、今日の典礼のために、典礼部にお願いして、教会の窓には目張りをしていただきました。復活祭が四月の終わり頃に当たったため、闇から光へ移っていく最初の儀式を行うのに、ちょっと明るすぎるということで私がお願いしたものです。大変骨折っていただきました。

光を遮り、暗闇を作り出すために、これほどの苦労が必要なのですが、光はほんのわずかの隙間があれば暗闇を無力にしてしまう力を持っています。本来、「闇は光に勝つことができない」わけです。

さて今日の福音朗読は、今年の典礼の暦がB年に当たっているため、「マルコによる福音書」第16章が朗読されました。今年の朗読箇所に、「闇は光に打ち勝たなかった」という言葉を当てはめてみると、出来事を生き生きと読むことができます。

まず、三人の女性たちが墓に向かう途中、こんなことを話し合っています。「誰が墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」。イエス様をお納めした墓は、女性の力ではとうてい動かせないような大きな石でふたをしてありました。これは、亡くなられたイエス様を、墓という「暗闇」の中に閉じこめているというひとつのしるしと取ることができます。

ところが、行ってみると石はすでにわきへ転がしてありました。暗闇を作り出している墓石は、イエス様を閉じこめることはできなかったわけです。

次に、若者の姿で現れた天使も、同じことを三人の婦人に確認させるため、念を押して次のように言います。「驚くことはない。(中略)あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である」。

「ここにはおられない」だけでも分かりそうなものですが、「御覧なさい」とまで言って、「死が支配している場所」「闇におおわれた場所」を指し示しました。イエス様は、光そのものですから、暗闇に支配されはしなかったのです。復活して、闇を打ち砕いてくださったのです。

今日の復活の喜びを味わう鍵も、実はここにあります。闇は光にうち勝てない、つまり、どのような闇であれ、またその闇がどれほど深い闇であっても、光であるキリストの勝利を脅かすことはできない。だから、私たちはキリストの復活を喜びをもって迎えるのです。

いまは、社会全体が、暗い闇におおわれている時代かも知れません。ですが、キリストの復活はこうした社会に対して、光り輝くのです。人間関係や、家庭問題や、学校での友達関係、いろんなところで暗闇を感じるかも知れません。そんな人にとっても、今日復活したキリストは、光となって私たちを照らしてくださるのです。

天使は最後に、意味深い言葉を婦人たちに託します。「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』。

実はガリラヤは、弟子たちがイエス様と出会う前も、そして弟子となって三年間行動を共にしているときも、ほとんどの時間を過ごした場所でした。つまり、弟子たちのこれまでの人生のほとんどの時間を過ごした「生活の舞台」だったわけです。

そこへイエス様がおいでくださるとは、「これからは復活したキリストが、あなた方の生活の光となってくださる。生活の中でどんなに深い闇を体験しようとも、「闇は光にうち勝てない」。だから喜びなさい。喜び踊って、これからの生活を歩みなさい。復活したキリストを心に迎えて、あなた自身も社会の中にあって光となりなさい。そう呼びかけているのではないでしょうか。

同じことが、私たちにも向けられていると思います。イエス様は復活して勝利を得られました。人間の社会生活を脅かすどんな「闇」も、光であるキリストには打ち勝てません。最大の「闇」死さえも、今日キリストは過ぎ越して、勝利を宣言してくださいました。このイエス様を心に持ち帰って、私たちもそれぞれの家庭、社会の中で、喜びを分け合う人になるべきなのです。

「まあかわいそうに」「まあ何とひどいことを」。しばしば報道される世の中のニュースは、人間の罪がどれほど深い闇を作り出すかをつくづく思い知らせることがあります。ですが、私たちはその社会に対して、「闇は光に打ち勝てない」「人間の罪はキリストを空しいものにはしない」ということを示すことができるのです。

今日こそ、キリストの復活が私たちの生活にとって意味があることを学んで帰りましょう。「復活したキリストは、私たちを照らしてくださる」この確信を持って、生活に戻っていきましょう。喜びが、私たちを通して、一人でも多くの人に届きますように。